人は愛で歪むこともできる
と、ふと思う。
なんとなしに・・・。
心からの願いが惨めに潰えるとき、人はきっと歪む。
今までに歪まなかったとすれば、
きれいごとを言い続けることができている人間はきっと
とても恵まれているのだろう。
僕もたぶんずいぶんと恵まれている。
その恵みもそろそろ、尽きるころかな。
僕はもう歪んで生きる誰の生き方も考え方も否定できない。
ただ、その願いが叶うことを祈るだけ、そして
もしも願いが潰えても、
心のどこかにきっとある幼いころにもっていた光るみずみずしい心を
育て、大切にする人間になってほしい。
人は人を恨んだり憎んだりする装置なくしては
己の惨めを担保することができないのだろうか。
はい、ということで
たまーに意図的に中二病全開にしてくんでよろしく。