闇営業と闇を利すること
結局、
闇営業にも中間業者のようなものがいて
紹介された場合
それが反社会的なものなのか見極めるのは困難だ、という。
だとすると、前例をゆるせば「ゆすりの材料にできる」という点で
闇を利することになるのではないだろうか?
これが哲学者の言う「秩序には温もりがなくてはいけない」ということであり
無許可の営業はいけません、という点は問題だとしても
俺の方が有名な人を呼んでいる、というような子供みたいな
狭隘なプライドで立っている(のだという)から、詐欺のようなことができる
情報量が増えた社会は切り取りやすい。
社会はその本質をある程度みきっていかないと
どんどん闇を利することになるのではないだろうか。